【日野出株式会社】ずっと求められる紙だから変わる力のある会社に

日野出株式会社 取材 サムネイル1

みなさんが生活をするうえで欠かせないものというと、パッといくつか思い浮かぶものがあるかと思います。

これまでにナビラズでは、住宅や環境インフラ、電気、など人が生きていくうえで欠かせないものを扱う企業さんへインタビューをしてきました。

今回インタビューをする日野出株式会社さんも、生活には欠かせないある商品を扱う企業さん。

あまり気にかけたことはないかもしれませんが、私たちが生活の中で毎日使っているものに“紙”というものがあります。

デジタル化が進み、本や授業のレジュメもデバイス上で閲覧する時代でも、変わらず使われ続けているのが“家庭紙”と呼ばれるもの。

ティッシュやトイレットペーパー、キッチンペーパーなど必ず毎日手に触れますよね。

今回インタビューする日野出株式会社さんは、家庭紙や包装資材を扱う中間流通業、いわゆる“卸”の企業さんです。

生活に欠かせない“紙”を扱う日野出株式会社の日野一壽社長にインタビューをしました。

ぜひ、最後までじっくりとご覧ください!

日野出株式会社 取材2

明治時代から受け継いだ“日野出”のスピリット

日野出株式会社さんのホームページにある沿革を見ると、そこには「明治」という言葉が。

つまり、明治時代から現在の事業に繋がるお仕事をされているということで、まずは日野出株式会社さんのこれまでの歴史についておうかがいしてみました。

日野出株式会社 取材1

沿革は明治時代から書かれていますが、厳密に言うと、今の事業を明治時代から始めていたというわけではないんです。

私の祖父の日野出(ひのいずる)が、明治時代に生業として紙の販売をしていたんですね。

朝倉郡にあった杷木町(はきまち:現在の朝倉市)で、農家の方々が農閑期に手漉きの和紙を作っていたんです。その和紙を祖父が買って、久留米や日田に売りに出て生活をしていました。

なので、今のように家庭紙を卸していたわけではないのですが、現在の事業に繋がるスピリットのようなものは明治時代から受け継がれたものなんです

明治時代に日野社長のおじいさまが始められた”紙“を扱った事業ですが、その後どのようにして現在の日野出株式会社に繋がっていくのでしょうか。

日野出株式会社 取材1

明治時代は生業として、個人事業主的に紙を扱っていたわけですが、父親が30歳の時に、“これからは福岡(福岡市)に出て仕事をしないと大きくならない”と言うことで、昭和21年に拠点を移したんです。

当時は呉服町にお店を構えて事業をスタートさせ、その後、昭和26年に日野出和洋紙店として家庭紙を扱う会社を始めました。

昭和40年には包装資材の取り扱いも始めます

ちょうどその頃、スーパーマーケットが各地にでき始めました。スーパーマーケットというのはあらかじめ包装された商品を販売するお店ですから、これからは包装資材も必要な時代になるということで取り扱いを始めたようです。

このような流れで、今でも日野出株式会社の2つの軸になっている家庭紙と包装資材の中間流通事業が生まれたんです

明治から変わらずに“紙”を扱っている日野出株式会社さん。

日野社長は“紙”に対してどのような思いを持っていらっしゃるのでしょうか。

日野出株式会社 取材1

紙は必要不可欠なものだと思っています。

特に家庭紙は、やはり生きていくうえで必要なものです。

それに、紙というものはこれから先も変わらずにも使われていくものだと思っています。

しかし、紙市場、紙を扱う会社というのは常に変化しています。これからの時代に合ったものを日々探しながら、事業を進めています

“卸業”日野出株式会社に聞く「中間流通業」とは!?

これまでは日野出株式会社さんの沿革と事業の概要についておうかがいしてきました。

お話の中で出てきた“中間流通業”という言葉。

一見、なんとなく理解してそうで、具体的にどんなお仕事なのかイメージしにくかった就活生の方もいらっしゃると思います。

そこでまずは、日野社長に中間流通業って何をするんですか?という質問をしてみました。

日野出株式会社 取材1

簡単にいうと、世の中の流通をスムースに行うためのお仕事です。

例えば“紙を扱うメーカー”さんが100社あったとします。それに加えて、“紙を商品としてお客さんに売りたい小売業”さんが100社あるとします。

100社のメーカーさんが100社の小売業さんに直接取引を行うと、100×100で10,000の取引が行われることになりますよね。

そこに中間流通業という、100社のメーカーさんそれぞれに合った小売業さんを見つけたり100社の小売業さんそれぞれに合ったメーカーさんを見つけたりする会社が入ることで、100+100で200の取引で済むことになります。

なので、中間流通業、卸業というのは世の中の流通をスムースに行うために欠かせないポジションの仕事なんです

日野社長にとても分かりやすく説明していただきました。

これで就活生の方も“中間流通業”や“卸業”についてバッチリ理解できたかと思います。

中間流通業の中でも“紙”を扱う日野出株式会社さん。

事業を進める中で特に気をつけているのはどんなことなのでしょうか。

日野出株式会社 取材1

日野出株式会社の経営理念は“明日に豊かさを誠意で拓く”というものです。

これは、メーカーさんにも小売業さんにも、我々に関わる方々皆様に対して誠意を持って接するというものです。

これが日野出株式会社の使命や責任だと考えています。

よく、流通には川上、川下という言葉が使われますが、川上であるメーカーさんに対しても川下である小売業さんに対しても喜ばれるようにしていかなければなりません。

これは売り上げに関わるからというわけではなく、複数の企業が関わって、人の生活を支えていくわけですから、信用や安心というものは必要不可欠です。

だからこそ、日野出株式会社では誠意を持って事業を行っていきたいと思っています

誠意を持って、メーカーさんにも小売業さんにも接していきたいという日野社長のお話。

これに関係するのかもしれないと思い、日野出株式会社さんのオフィスに飾られていた「 …ing」という文字について、尋ねてみました。

日野出株式会社 取材1

会社というものは、“これで終わり”ということはないんです。

だからこそ、常に変わり続けているんだという意識を持つことで、メーカーさんや小売業さんに対して適切なご対応をしていけると考えています。

現在進行形で、これからも変化の中を進んでいくんだという思いを込めて、この言葉を用いています

日野出が扱う“紙”は変化するもので、変化せず求められるもの。

これまでは日野出株式会社さんについて詳しくおうかがいしてきましたが、ここからは採用についてお話していただきたいと思います。

まずは、日野社長が考える“こんな学生が日野出株式会社には向いている”という意見をおうかがいしてみました。

日野出株式会社 取材1
これまで33年間、社長としてたくさんの社員たちと接してきましたが、“いろんなことに挑戦してやろう!”という人は、仕事を通して大きく成長しているように思います

チャレンジ精神のある人がご活躍されているという日野社長のお話ですが、ということは日野出株式会社にはチャレンジの機会が多くあるのでしょうか。

日野出株式会社 取材1

うちの会社はどちらかというと安定感のある仕事をしています。

生活において必要不可欠である“紙”を使った事業ですから、コロナ禍においても“家庭紙”というものがなくなることはありませんでした。

つまり、安定した需要があって、人が生活していく限り、それは変わらないものだと思っています。

ただ、安定感があっても新しいことに挑戦する気持ちというのはとても大切だと思うんです。

例えばカーボンニュートラルという言葉がありますが、紙は原油由来の製品も多いですから、環境のことを考えた取り組みも必要です。

“紙”自体はこれからもずっと求められるものであることに変わりないと思いますが、将来も今と同じ商品が求められるかどうかは分かりません

だからこそ、“挑戦するぞ!”というような気持ちを持つことは重要だと思います。

これからも変わらず求められる“紙”でいられるように、変わっていかなければならないんです

変わらず求められる紙だからこそ、変わっていかなければならないという日野社長のお話はとても心に刺さるものでした。

会社の事業が、変化していくものだからこそ、チャレンジ精神のある人が輝くというお話に加えて、こんなこともお話しくださいました。

日野出株式会社 取材1

新入社員や若手というと、どうしてもこれまでに先輩たちがやってきたことをバトンタッチされて仕事をしていくというイメージがあるかと思います。

ただ、そうやってすでに誰かがやっていたことに取り組むのって、とても楽しいことではないと思うんです。

それよりも、まだ誰もやったことのないことをやってみる方が楽しいと思います。楽しいだけではなくて、その人の成長にも繋がります。

なので、日野出株式会社では新入社員や若手がチャレンジできる機会を与えられるように環境作りをしています

社員さんの成長や楽しさについても考えたうえで、チャレンジする環境を作っていると言う日野社長。

どのような思いから、社員さんの成長や楽しさについて考えているのでしょうか。

日野出株式会社 取材1

私は社長ですから、社員のみんなにどんなことを感じて欲しいかなと考えることが多いんです。

考える中で浮かんだのは、日野出株式会社から離れる時に、“ああ、この会社で働いて良かった、この会社を選んで良かった”というものでした。

定年退職や色んな事情で会社を離れることは誰にだってあることです。

ただ、会社を離れるまでの期間で、楽しさや人としての成長を感じられることが、社員のみんなの幸せに繋がるんじゃないかなと考えています。

楽しいだけなら楽して働いてお金をもらえればいいのかなとも思ったのですが、やはり少し大変なことでも頑張って乗り越えることが成長に繋がり、最終的には社員のみんなの幸せに繋がるのかなと考えています

確かに、平凡に日常を過ごしていくのではなく、大変でも頑張って乗り越えることが経験として人生における価値があるように思います。

ただ、大きな壁や困難と立ち向かうことは、決して楽なことでもありません。

挫折してしまったり、諦めてしまったりすることもある中で、日野出株式会社さんではどのような工夫をしているのでしょうか。

日野出株式会社 取材1

それに関してはできるだけ社員一人ひとりとコミュニケーションをとるようにしています。

ただ、オフィスで社員を呼んで、一対一で話すのはなんとなく肩に力が入ってしまうように思うんです。社長と新入社員では立場の違いがあるので、必要以上に垣根を感じてしまいます。

なので私は、社員の営業について行くんです。

もちろん、お客様と会ってお話しすることも目的ではありますが、もう一つの目的は営業先に向かう移動中にコミュニケーションをとることです。

移動中に話をすることは、オフィスで話す時に比べて、“社長と社員”というよりも“人と人”としてコミュニケーションをとれるように感じます。

実際、仕事ではなくプライベートの話をすることもありますし、必要のない垣根を感じずに話すことができています。

そうやって話をすることで、社員のみんなは普段、口に出せない悩みや苦労を共有することができますし、私も、社員一人で大変な思いをさせないような工夫ができるようになりました

社長自ら営業に付いて行き、コミュニケーションを大切にしているというお話は、これまで聞いたことのないものだったので驚きました。

また、会社の環境を作るうえで大切にしていることについてお話いただいている時に

日野出株式会社 取材1

会社の方針とか雰囲気って社長の人間性が大きく関わると思うんです。例えば、経営理念を社内に浸透させるというのは、経営者として特に難しいことだと思います。

もちろん、理念を浸透させるために日頃から社員のみんなに向けて話し続けるというのも一つですが、私は、非常事態に社長がどんな態度をとるのかが重要だと思います。

平時に“こんな方針でやっていこう”と話すのは難しいわけではないですが、会社が非常事態に見舞われた時に、平時通りのスタンスをブラさない態度をとれるかどうかを社員のみんなは見ていると思うんです。

だからそういうところも含めて、社長の人間性が影響するからこそ、社員のみんなが“日野出で良かった”と思えるように日々考えて仕事をしています

と話してくださいました。

何も包み隠すことなく、とてもオープンに考えをお話してくださる日野社長の姿がとても印象的なインタビューとなりました。

日野出株式会社 取材5

日野出株式会社の日野社長のお話をおうかがいして

今回は日野出株式会社の日野一壽社長にインタビューをしました。

生活に欠かせない“紙”だからこそ、それぞれの時代に合わせて変化しなければならないというお話に加えて、“社長の人間性が会社に与える影響”のお話もとても印象的。

自分は社長だから、会社や社員が良い方向に進めるように、より一層考えてチャレンジしないといけないという日野社長の思いがビシビシと伝わるお話でした。

ぜひ、日野出株式会社さんのHPもご覧ください!

日野出株式会社は西日本一円をカバーする営業・物流ネットワークを活かし、お客様の求める家庭紙、包装資材をお届けする専門商社…

 

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